大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和35年(ワ)6193号 判決 1963年12月25日

原告 椿広人

被告 国

訴訟代理人 館忠彦 外三名

主文

被告は原告に対し、金七六万五二一八円およびこれに対する昭和三五年八月三日から支払ずみまで、年五分の金員を支払うべし。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一、申立

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

二、事実上の陳述

(一)、原告の請求原因としての主張および被告の主張に対する答弁

1、原告は、訴外マルセ商事株式会社(代表取締役鈴木正二以下マルセ商事という)に対して金一六二万七五〇〇円の、訴外ダイヤモンド商事株式会社(代表取締役鈴木正二以下ダイヤモンド商事という)に対して金一二三万二八〇〇円の債権を有する。右各債権は、原告が昭和二九年四月下旬頃から訴外東京繊維商品取引所(以下東京繊維という)、同東京ゴム取引所(以下東京ゴムという)、同東京穀物商品取引所(以下東京穀物という)の各仲買人であるマルセ商事およびダイヤモンド商事との間に締結していたゴム相場(マルセ商事)・穀物商品相場(ダイヤモンド商事)の各委託取引契約を、昭和三一年二月七日に解約したことにより生じた右取引の利益金および右取引の証拠金として寄託していた現金・株券等の各支払又は返還請求権(株券については返還に代る損害賠償請求権)であつて、これにつきそれぞれ確定判決を得ているものである。

2、原告は右各債権にもとずいてマルセ商事の東京ゴムおよび東京繊維に対する仲買保証金・会員信認金等の各返還請求権ならびにダイヤモンド商事の東京穀物に対する仲買保証金・会員信認金等の返還請求権を差押えたところ、そのころ、原告の右差押と相前後してマルセ商事・ダイヤモンド商事に対する他の債権者も、マルセ商事・ダイヤモンド商事の前記各取引所に対する債権を差押える等の手続をとつたため、原告の前記債権差押は他の債権者の債権差押とともに左記配当事件として東京地方裁判所に係属し、第三債務者たる東京繊維、東京ゴム、東京穀物はそれぞれマルセ商事・ダイヤモンド商事に対する各債務全額を供託した。その状況は次のとおりである。

(昭和三一年(リ)第一一六号配当事件)

債権者、原告および訴外宇田川安三郎。債権額、原告分金六八万八八〇〇円、宇田川分金二五五万円。債務者、マルセ商事。第三債権者、東京ゴム。供託額、東京ゴムからマルセ商事に返還すべき仲買保証金三〇万円。

(昭和三一年(リ)第一一七号配当事件)

債権者、原告、訴外三館久雄、同中村宗太郎、同並河文雄、宇田川安三郎、訴外東京手形市場株式会社および同仙石武雄。債権額、原告分金一六二万七五〇〇円、三館久雄、中村宗太郎、並河文雄合計金二三万四〇五六円、宇田川安三郎分金八五〇万円、東京手形市場株式会社分金三八九万四八五五円、仙石武雄分金八〇万円。債務者、マルセ商事。第三債務者、東京繊維。供託額、東京繊維からマルセ商事に返還すべき会員信認金等金三七五万五一四七円。

(昭和三一年(リ)第一二一号配当事件)

債権者、原告および宇田川安三郎。債権額、原告分金四五万円、宇田川安三郎分金四四万七四〇一円。債務者、マルセ商事。第三債務者、東京ゴム。供託額、東京ゴムからマルセ商事に返還すべき持分払戻金等金五二万六八八二円。

(昭和三二年(リ)第三〇号配当事件)

債権者、原告、宇田川安三郎、訴外関根豊三郎および同清水厚。債権額、原告分金一二三万二八〇〇円、宇田川安三郎分金四〇〇万円、関根豊三郎分金二二八八万四四四四円、清水厚分金一七五万五三三五円。債務者、ダイヤモンド商事。第三債務者、東京穀物。供託額、東京穀物からダイヤモンド商事に返還すべき会員信認金等金一三四万三六一〇円。

3、しかるにマルセ商事およびダイヤモンド商事の代表取締役鈴木正二は、原告に無断で、すでに本件各配当事件におけるマルセ商事とダイヤモンド商事の代理人である訴外弁護士高野亦男に原告が本件各配当事件についての代理権限を与える旨の委任状(甲第六号証)を偽造し、高野亦男は一方において債権者である原告の代理人として、他方において債務者であるマルセ商事・ダイヤモンド商事の代理人として、原告の知らない間に昭和三二年七月三〇日、本件各配当事件の各債権者間に各配当事件の配当債権額について示談が成立したとし、本件各供託金全額を債権者宇田川安三郎が受領しても異議がない旨の配当協議書なる書面(甲第七号証)を作成し、債権者全員の意見として東京地方裁判所に提出した。そこで本件各配当事件の担当裁判官は、昭和三二年八月三日、右配当協議書にもとずいて本件各配当事件の供託金全額を債権者宇田川安三郎に配当する旨の各配当表を作成しその実施を命じた。

しかし、およそ訴訟代理権の存否および適否は裁判所の職権調査事項に属するものであるが、前記各配当表の作成およびその実施は、担当裁判官がその調査を怠り、弁護士高野亦男が本件各配当事件においてすでにマルセ商事・ダイヤモンド商事の代理人となつていたにかゝわらずあらたに債権者たる原告の代理人にもなつたといういわゆる双方代理の事実をみすごし、漫然弁護士高野亦男の提出した配当協議書を正当に作成されたものと信じこれにもとずいてなされたもので、違法である。

4、しかして、前記違法な配当の実施のため、宇田川安三郎は昭和三二年八月五日、東京法務局供託課において本件各配当事件の供託金全額合計金五九二万五〇一〇円を受領したが、原告に対し少しもこれを分配しなかつたので、原告は前記配当の実施によつては何らの弁済を受け得ず、結局正当な配当表が作成されて実施されれば受領し得たはずの金額と同額の損害をこうむつたこととなる。右はひつきよう担当裁判官の前記過失に由来するもので、同裁判官が被告の公権力の行使に当る公務員であることは明らかであるから、被告は原告に対し、同裁判官がその職務を行うについてした前記違法な配当の実施により生じた原告の損害を賠償する責任がある。

そこで、原告のこうむつた損害額は次のとおりである。

(昭和三一年(リ)第一一六号配当事件)

原告の債権金六八万八八〇〇円はマルセ商事に対するゴム製品委託取引契約によつて生じた債権であり、宇田川安三郎の債権金二五五万円はマルセ商事に対する貸金であるところ、東京ゴムが供託した金三〇万円はマルセ商事に返還すべき仲買保証金であるから、商品取引所法第四七条第三項により原告は右供託金全額について宇田川安三郎に優先してその弁済を受ける権利があり、結局、原告は金三〇万円を受領し得たはずである。

(昭和三一年(リ)第一一七号配当事件)

配当を受くべき債権のうち、原告の債権金一三二万七五〇〇円(本件配当事件について要求している金一六二万七五〇〇円から同年(リ)第一一六号配当事件により配当を受くべき金三〇万円を控除したもの)、宇田川安三郎の債権金一一四九万七四〇一円(宇田川安三郎のマルセ商事に対する債権たる昭和三一年(リ)第一一六号事件金二五五万円、同年(リ)第一一七号事件金八五〇万円、同年(リ)第一二一号事件金四四万七四〇一円を合算したもの)、東京手形市場株式会社の債権金三八九万四八五五円、仙石武雄の債権金八〇万円はいずれも一般債権であり、三館久雄・中村宗太郎・並河文雄三名の債権合計金二三万四〇五六円はマルセ商事に対する委託証拠金返還請求権であるところ、東京繊維が供託した金三七五万五一四七円のうち、金四二万二五五五円は会員信認金、金六八万六四〇三円は仲買保証金、金五〇万円は仮受金、金三八万一五七四円は持分払戻金、金二四万五〇〇〇円は出資前受金、金一五一万九六一五円は違約損失補償準備金であるから、商品取引所法第三八条第五項、第四七条第三項により、三館久雄・中村宗太郎・並河文雄の三名は右供託金のうち、会員信認金・仲買保証金・仮受金合計金一六〇万八九五八円について他の債権者に優先して弁済を受ける権利があることとなり、従つて、原告が受領し得たはずの金額は、供託金二一四万六一八九円(前記供託額から優先弁済権の対象となつた金一六〇万八九五八円を控除したもの)を、前記債権者のうち、三館久雄・中村宗太郎・並河文雄を除いた他の債権者の各債権額に応じて按分した額となるから、結局金一六万二〇〇〇円となる。

(昭和三二年(リ)第三〇号配当事件)

配当を受くべき債権のうち、原告の債権金一二三万二八〇〇円はダイヤモンド商事に対する穀物商品委託取引契約によつて生じた債権であり、清水厚の債権金一七五万五三三五円はダイヤモンド商事に対する委託証拠金であり、宇田川安三郎の債権金四〇〇万円、関根豊三郎の債権金二二八八万四四四四円はいずれも一般債権であるところ、東京穀物が供託した金一三四万三六一〇円のうち、金四万七〇〇〇円は会員信認金、金六三万五一〇〇円は仲買保証金、金一〇万円は積立金、金五六万一五一〇円は積立金であるから、商品取引所法第三八条第五項、第四七条第三項によれば原告と清水厚は右供託金のうち、会員信認金・仲買保証金合計金六八万二一〇〇円について他の債権者に優先して弁済を受ける権利があるから、右金六八万二一〇〇円を原告と清水厚の債権額に応じて按分すれば、原告が優先弁済権によつて配当を受け得たはずの金額は金二八万一三四五円となる。次に供託金残金六六万一五一〇円から原告が受領し得たはずの金額は、宇田川安三郎、関根豊三郎の前記各債権、原告のまだ配当を受けていない債権金九五万一四五五円、および清水厚のまだ配当を受けていない債権金一三五万四五八〇円をその各債権額に応じて按分した金額であるから金二万一八七三円となる。したがつて、原告は右合計金三〇万三二一八円を配当により受領し得たはずである。

したがつて、本件各配当事件により原告が受領し得たはずの金額は、右の合計金七六万五二一八円であり、結局これと同額の損害をこうむつた。

5、よつて、原告は被告に対し、金七六万五二一八円およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三五年八月三日から右支払ずみまで年五分の遅延損害金の支払を求める。

6、被告の主張はいずれも争う。

(二)、被告の答弁および主張

1、原告主張の請求原因事実のうち、原告がマルセ商事に対して金一六二万七五〇〇円、ダイヤモンド商事に対して金一二三万二八〇〇円の各確定判決にもとずく債権を有していること、原告が右各債権にもとずいてマルセ商事の東京ゴムおよび東京繊維に対する返還請求権ならびにダイヤモンド商事の東京穀物に対する返還請求権ならびにダイヤモンド商事の東京穀物に対する返還請求権を差押えたところ、そのころ、右差押と相前後してマルセ商事・ダイヤモンド商事に対する各債権者がマルセ商事・ダイヤモンド商事の右返還請求権を差押えたため、右各差押が東京地方裁判所に本件各配当事件として係属し、前記各取引所が原告主張の金額を供託したこと、昭和三二年七月三〇日に、弁護士高野亦男が一方において債務者マルセ商事・ダイヤモンド商事の代理人として、他方において債権者原告の代理人として原告主張の配当協議書の作成に関与し、これを東京地方裁判所に提出したこと、同年八月三日に担当裁判官がこれに基き本件各配当事件の供託金全額を債権者宇田川安三郎に配当する旨の配当表を作成してその実施を命じたこと、同年八月五日宇田川安三郎が東京法務局供託課から供託金全額合計金五九二万五〇一〇円を受領したことは認めるが、本件各配当事件担当裁判官に過失があるとの点は否認する。その余の事実は知らない。

2、弁護士高野亦男の双方代理は、民法第一〇八条但書にいう債務の履行に当るものである。すなわち本件各配当事件における債権者の原告と債務者のマルセ商事・ダイヤモンド商事との間には、たんに確定された原告の債権の弁済という問題しかおこり得ないもので、新たな利害関係の生ずる余地は全くない。したがつて同弁護士の双方代理行為は有効なものであつて、これを許容した担当裁判官には過失がないといわなければならない。

仮に、弁護士高野亦男の双方代理が民法第一〇八条但書に該当しないとしても、原告は、同弁護士が債務者マルセ商事・ダイヤモンド商事の代理人であることを認識しながらあえて同弁護士に自己の代理権限を授与したもので、原告自ら双方代理を許容したものであるところ、このように当事者が自ら双方代理を許容したときは、その双方代理は有効に成立するものであつて、同弁護士の本件各配当事件への関与を認めた担当裁判官には過失はないといわなければならない。

仮に、原告の弁護士高野亦男に対する委任状が偽造のもので原告が作成したものでないとしても、右委任状は形式上原告の署名押印を備えているため一見して偽造の委任状とは判断し得ず、さらに同弁護士が右委任状を真正に作成されたものとして裁判所に提出しているのであるから、このような場合には右委任状が一応真正に作成されたものとしてその代理権を認めることが適切妥当な処置であつて、これを真正に作成されたものとして同弁護士の代理権を認めて本件各配当事件に関与させた担当裁判官には過失はないといわなければならない。

(三)、立証<省略>

理由

一、原告がマルセ商事に対して金一六二万七五〇〇円の、ダイヤモンド商事に対して金一二三万二八〇〇円の各確定判決にもとずく債権を有していること、原告が右各債権にもとずいて、マルセ商事の東京ゴムおよび東京繊維に対する各債権ならびにダイヤモンド商事の東京穀物に対する債権をそれぞれ差押えたところ、そのころ、原告の右差押えと相前後してマルセ商事、ダイヤモンド商事に対する他の各債権者もその有する債権にもとずいてマルセ商事・ダイヤモンド商事の右各債権を差押えたこと、そのため、右各差押えが配当手続として東京地方裁判所に昭和三一年(リ)第一一六号、同年(リ)第一一七号、同年(リ)第一二一号、昭和三二年(リ)第三〇号各配当事件として係属し、右各取引所が原告主張の金額を供託したことは当事者間に争いがない。そして成立に争いのない甲第四、第八号証の各一ないし四をあわせると、昭和三一年(リ)第一一六号配当事件の債権者は原告と宇田川安三郎、債務者はマルセ商事、第三債務者は東京ゴムであること、同年(リ)第一一七号配当事件の債権者は原告、三舘久雄、中村宗太郎、並河文雄、宇田川安三郎、東京手形市場株式会社および仙石武雄、債務者はマルセ商事、第三債務者は東京繊維であること、同年(リ)第一二一号配当事件の債権者は原告および宇田川安三郎、債務者はマルセ商事、第三債務者は東京ゴムであること、昭和三二年(リ)第三〇号配当事件の債権者は原告、宇田川安三郎、関根豊三郎および清水厚、債務者はダイヤモンド商事第三債務者は東京穀物であることを認めることができる。

二、しかして、本件各配当事件がいずれも東京地方裁判所に係属中、本件各配当事件担当裁判官が昭和三二年八月三日本件各配当事件の供託金をいずれも債権者宇田川安三郎に全額配当する旨の各配当表を作成し、その実施を命じたものであることは当事者間に争いがない。

そこで、担当裁判官の右配当表の作成が違法のものであるかどうかを検討する。甲第五ないし第七号証、第八号証の一ないし四、第一三ないし第一五号証、第一六号証の四および本件口頭弁論の全趣旨をあわせると、もともと原告は弁護士高橋秀雄を代理人として右執行手続をすすめていたものであり、弁護士高野亦男は債務者マルセ商事・ダイヤモンド商事の代理人であつたところ、マルセ商事・ダイヤモンド商事の代表取締役鈴木正二は原告に無断で右高野弁護士に原告が代理権限を授与する旨の原告名義の委任状一通を作成して同弁護士に交付し、同弁護士は右委任状により原告からも代理権を授与されたとして、一方において債務者マルセ商事・ダイヤモンド商事の代理人として、他方において債権者原告の代理人として(同弁護士がマルセ商事・ダイヤモンド商事および原告の代理人となつたことは当事者間に争いがない)、他の債権者の代理人弁護士唐沢高美らとともに、本件各配当事件の供託金は全額宇田川安三郎に配当されても異議ない旨の配当協議書なる文書を作成し各債権者および債務者間に示談がととのつたものとしてこれを昭和三二年七月三〇日に東京地方裁判所に提出したこと(右協議書が提出されたことは当事者間に争いがない)、そこで担当裁判官は各債権者および債務者間に示談がととのつたものとして配当期日を同年八月三日と指定したが、右指定の告知は原告に関しては右高野弁護士に告知されたのみであること、右配当期日において、同弁護士は債務者マルセ商事・ダイヤモンド商事の代理人であるとともに債権者原告の代理人として出頭し、他の債権者の代理人とともに担当裁判官に対し配当協議書どうりの配当表の作成を求め、担当裁判官は、これにもとずいて法定の優先順位その他にかかわりなく前記配当表を作成しその実施を命じたことを認めることができる。右認定を覆すに足りる的確な証拠はない。

叙上認定事実によれば、本件配当手続において債権者代理人なりとして関与した高野弁護士は適法にその代理権を有するものでなく、従つてこれに対して配当期日を告知し、その関与によつて当事者間に示談が成立したものとし法定の順位その他にかかわりなく前記配当表を作成してこれが実施を命じた担当裁判官の前記一連の行為は結局適法のものということができない。そして弁護士高野亦男が本件各配当事件についてかねて債務者マルセ商事・ダイヤモンド商事の代理人として関与しながらさらに債権者原告の代理人をも兼ね、結局その双方を代理して配当協議書を作成したのみでなく、配当期日には自ら双方の代理人としてその期日を請けた上出頭して意見を陳述していること、原告にはもともと高野弁護士が代理人として存在していたものであることは担当裁判官においても提出された各委任状その他記録により当然これを知りあるいは知り得べきであつたことは明らかである。

そもそも弁護士が同一の訴訟手続において当事者の一方と相手方との双方を代理して訴訟行為を追行するというような事態は本来は起り得ないのみならず、訴訟外の示談等の事務においてもかような事態は通常の形態とは本質的に異るものであり、しかも債権者には従来別の弁護士があつて手続に関与していながらなんら辞任解任等のことなく卒然として相手方債務者の代理人が債権者の代理人なりとして出現し来たるというようなことは全く異常の現象といわなければならないから、右のような場合には、当該代理人の訴訟代理権の存否および適否についてもともと職権調査の義務を負う裁判所としては、当然これを疑問とし、代理委任状が形式上その要件を具備しているか否かを調査するのみでなく、はたして当事者が双方代理の事実を認識しながら真に自ら同人に代理権を授与したかどうかを本人もしくは従前の代理人等について調査する義務があるといわなければならない。そして右の理は利害の対立が主として債権者相互の間に生ずるとはいえ、債権者と債務者の間においてもたんに確定した法律関係の決済としてその確定債務を単純に履行するにとどまらず、どの債権者に現実にいくらの金額を弁済するかの配分を決める性質をもつ配当手続においても、あてはまることである。もし、本件配当手続において、すでに債務者マルセ商事・ダイヤモンド商事の代理人である弁護士高野亦男に対し、さらに原告の従前の代理人をさしおいて原告名義の委任状が提出されたことについて裁判官が疑問をいだき、前記の調査を試みたならば右委任状が偽造であることは容易に判明したであろう。このような異常な場合にこの程度の調査を期待することは難きを強いるものとはいいがたい。しかるに本件においてはこれについてなんらの調査をすることなく、ために偽造委任状であることをみすごしたのであつて、ひつきよう右は担当裁判官がその職務を執行するについて必要な注意を欠いたものとして過失といわざるを得ない。

右認定とその見解を異にする被告の主張はすべて採用し難いところである。

三、しかして、右各配当表およびその実施により、債権者の一人である宇田川安三郎が昭和三二年八月五日に本件各配当事件の供託金全額合計金五九二万五〇一〇円を東京法務局供託課から受領したことは当事者間に争いがなく、又、宇田川安三郎が受領した金員のいくばくかを原告に分配したことならびに債務者であるマルセ商事・ダイヤモンド商事が本件の東京ゴム・東京繊維・東京穀物に対する債権以外に十分な資力を有する等とくだんの事情があることのいずれも認められない本件においては、原告は、もし配当裁判所の前記配当表の作成および実施がなく、本来正当な配当表が作成されて実施されたときは配当を受け得たであろう配当金相当の損害をこうむつたものというべきである。

四、よつて、原告が受領し得たであろう配当金相当額について検討する。

1、マルセ商事から受領し得べかりし配当金相当額。

(昭和三一年(リ)第一一六号事件)

甲第二号証の一、第四号証の一、第八号証の一、第一六号証の二、四に前認定の事実をあわせると、配当を受くべき債権のうち、原告の債権額は金一六二万七五〇〇円(原告の本事件のみについての債権額は金六八万八、八〇〇円であるが、同時配当の場合として全債権額についていう。なお甲第一六号証の四の債権計算書によれば、金一六三万四四〇〇円であるが、原告の自認する前記金額の限度とする)で右債権は原告が東京ゴムの仲買人であるマルセ商事との間にゴムの売買取引を委託してその委託により生じたものであり、宇田川安三郎の債権額は金四五〇万円(これについても前同様の関係がある)で右債権は貸金であること、東京ゴムが供託した金額は金三〇万円で右供託金は全額マルセ商事が仲買保証金として東京ゴムに預託していたものであることを認めることができる。そして商品取引所法第四七条第三項によれば、原告は右仲買保証金について宇田川安三郎に優先してその弁済を受ける権利があるから、右供託金三〇万円は全額原告において配当を得べかりしものであることは明らかである。

(昭和三一年(リ)第一一七号事件)

甲第四号証の二、第八号証の二、第一六号証の一ないし四に前認定の事実をあわせると、本件配当事件債権者のうち、原告の債権は金一三二万七五〇〇円(昭和三一年(リ)第一一六号事件により配当されるべき金三〇万円を配当要求債権額である金一六二万七五〇〇円から控除したもの。なお、甲第八号証の二の配当表には原告の債権額として金一二三万二八〇〇円と記載されているが、右は金一六二万七五〇〇円の誤りであることは、甲第二号証の一、二、第一六号証の四に照して明らかである。)、宇田川安三郎の債権は金四五〇万円(甲第八号証の二配当表によれば金八五〇万円と記載されているが、右金額は同人のマルセ商事とダイヤモンド商事に対する全債権額を合算したもので、マルセ商事に対する配当要求債権額は金四五〇万円であることは甲第一六号証の二の債権計算書により明らかである。)、東京手形市場株式会社の債権は金三八四万四八五五円(甲第八号証の二配当表のうち同人の債権額として金三八九万四八五五円と記載されているが、誤りであることは甲第一六号証の一により明らかである。)仙石武雄の債権は金八〇万円、三舘久雄、中村宗太郎・並河文雄三名の債権は合計金一一四万九一二三円(甲第八号証の二の配当表写に同人らの債権額として記載されてある金二三万四〇五六円は、金一一三万四〇五六円の誤りであることは同号証の二の原本に照らし明らかである。なお、甲第一六号証の三の債権計算書によれば金一一四万九一二三円の配当を要求していることも明らかであるから、第八号証の二の金一一三万四〇五六円も又誤りである)、であるところ、右三館久雄、中村宗太郎、並河文雄三名の債権はマルセ商事に対する繊維委託取引契約の委託証拠金であり、原告を含むその他の債権者の右各債権はいずれもマルセ商事との繊維取引の委託関係にもとずかないものであること、東京繊維が供託した金額は金三七五万五一四五円であつてその内容は金三八万一五七四円がマルセ商事に返還すべき持分払戻金、金四二万二五五五円が会員信認金、金六八万六四〇三円が仲買保証金、金二四万五〇〇〇円が出資前受金、金五〇万円が仮受金、金一五一万九六一五円が違約損失補償準備金であり、右のうち仮受金は会員信認金又は仲買保証金とみなされる性質のものであることを認めることができる。そして商品取引所法第三八条第五項、第四七条第三項によれば三舘久雄、中村宗太郎、並河文雄三名の債権は右東京繊維の供託金のうち、会員信認金、仲買保証金、仮受金合計金一六〇万八九五八円については他の債権者に優先してその弁済を受ける権利を有するから、右金一六〇万八九五八円をもつて三舘久雄ら三名の債権合計金一一四万九一二二円全部について配当すべきであり、結局原告の受領し得べかりし配当金額は、東京繊維の供託金額金三七五万五一四七円から右金一一四万九一二二円を控除した金二六〇万六〇二四円を、三舘ら三名以外の各債権者とその債権額に応じて按分した金額であるから、右にしたがつて算出すると金三三万〇三四六円となることは計数上明らかである。

なお、原告は昭和三一年(リ)第一二一号配当事件についてはいくばくの配当を受け得べかりしものか何ら主張するところがない。

したがつて、原告がマルセ商事から受領し得たはずである配当金は以上合計金六三万〇三四六円となる。

2、ダイヤモンド商事から受領し得べかりし配当金額。

(昭和三二年(リ)第三〇号配当事件)

甲第二号証の二、第四号証の四、第八号証の四、第一六号証の二、四、第一八号証および前認定の事実をあわせると、原告の債権は金一二三万二八〇〇円、宇田川安三郎の債権は金四〇〇万円、関根豊三郎の債権は金二二八八万四四四四円、清水厚の債権は金一七五万五三三五円であるが、右各債権のうち原告および清水厚の各債権は東京穀物の仲買人であるダイヤモンド商事に対する穀物の売買取引の委託により生じた委託証拠金返還請求権であり、宇田川安三郎および関根豊三郎の各債権はいずれも一般債権であること、東京穀物の供託した供託金は金一三四万三六一〇円でその内容は金一〇万円がダイヤモンド商事に返還すべき出資金金四万七〇〇〇円が会員信認金、金六三万五一〇〇円が仲買保証金、金五六万一五一〇円が積立金であることが認められる。そして商品取引所法第三八条第五項、第四七条第三項によれば、原告と清水厚の債権は右東京穀物の供託金のうち会員信認金、仲買保証金合計金六八万二一〇〇円については宇田川安三郎、関根豊三郎に優先してその弁済を受ける権利を有するからまず、右金六八万二一〇〇円を原告と清水厚の債権額に応じて按分すれば原告がこれから受領し得たはずの金額は金二八万一四一一円となる。次に供託金残額金六六万一五一〇円は、前記宇田川安三郎、関根豊三郎の各債権額と原告の債権残額金九五万一三九〇円(金一二三万二八〇〇円から優先弁済により配当を受けるべき金二八万一四一〇円を控除したもの)、清水厚の債権残額金一三五万四六四五円をその債権額に応じて按分すべきものであるから、これを計算すると金二万一五六〇円となる。

したがつて、原告がダイヤモンド商事から受領し得たはずである配当金は右の合計金三〇万二九七一円となる。

3、したがつて本件においてもし正当な配当表が作成されて実施されれば、原告の受領し得べかりし配当金は右の合計金九三万三三一七円となり、結局、原告は右と同額の損害をこうむつたこととなる。これは、ひつきよう担当裁判官が職務上した前記違法な配当表の作成およびその実施により生じたものというべきであるから、被告においてこれが賠償の義務がある。

五、しからば、被告は原告に対して右金額のうち原告の請求する金七六万五二一八円およびこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和三五年八月三日から支払ずみまで年五分の遅延損害金を支払う義務あることが明らかである。よつて、原告の本訴請求を全部正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 鈴木醇一 荒木恒平)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例